二月と八月のペーパークラフト

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7年の時を経て一つの音楽が起こした、やるせなくも優しい小さな奇跡の消息

最初に思い出すのはなぜかいつも夏で、目を閉じると浮かんでくる。 地下のスタジオ、初めてのフェス、ビアガーデン、それからよく一緒に見上げた満月――。 特別じゃなかったはずの、あの季節。 当時、都内の私立大学の三年生だった「僕」は、同じ学科で親友の佐々に誘われてバンドサークルに所属していた。担当楽器は鍵盤。 新学期になり新入生に向けて勧誘活動をしていると、他の女子大生とは雰囲気を異にする小野田リンが、 ベースを弾いてみたいと興味を示しやってくる。 翌日の新入生歓迎会に遅れてやってきたリンと「僕」は色々な話をするうちに親しくなり、 リンの頼みでベースを買いにいくのに付き合ってから急速に距離を縮めていく。 ある日、リンに貸したとあるバンドのアルバムに収録されている楽曲の歌詞について語り合う。 互いの内面を深く知るきっかけとなったその楽曲は、 いつしか二人にとってかけがえのないものとなっていた。 自然と付き合うようになった二人は一緒にライブの練習をしたり、 音楽フェスに行ったり色々なイベントを過ごしたりと、普通のカップルのような幸せな思い出を作っていく。 ところがある時を境にリンの様子がおかしくなっていくのに気づく「僕」。 なかなか笑わなくなり、表情も乏しく見るからに痩せていき、 そのことについて「僕」が聞いてもはぐらかすばかりで答えようとしない。 二人の関係が終焉に向かっていることをどこかで意識しつつも、そうなることを恐れてなかなか踏み込めずもどかしい日々を送っていた。 そんなある日、リンの提案でビアガーデンに行くことに。 堰を切ったように脈絡のない話をし始めたリンと向き合いながら、 去年二人で同じ場所に来た時とは明らかに変わってしまったこの関係を「僕」は心の中で嘆いていた。 やがて、リンの一言で「僕」はついに決意し、身を切る思いでそのことをリンに告げる。 リンは涙を流したが、結局何も言うこともなく、二人はこの日、別れたのだった。 それからリンは「僕」の前に姿を現すこともなくなり、二人の時間が交わることもないまま、 幾年かの時が流れた。 社会人になった「僕」は当初予定していた大学院への進学をとりやめ、 編集プロダクションの編集員として働いていた。 忙しい日々に追われるなか、久々に新しい音楽を発掘したいと思い立ち、 佐々に新宿にあるおすすめのレコードショップを教えてもらう。 さっそく店へ向かいいくつかのCDを手に入れた「僕」は、そのまま帰る気になれず 近くに見つけたマルルというバーに入る。 その雰囲気が気に入り常連になるが、やがてひょんなことからそこでアルバイトを始めることに。 マルルの店主のミト、アルバイトのミナミ、客のカオリ達と関係を深めていくうちに、 かつて自分が付き合っていた少女の消息が、思いがけない形で目の前に突きつけられることになる。

7年の時を経て一つの音楽が起こした、やるせなくも優しい小さな奇跡の消息

最初に思い出すのはなぜかいつも夏で、目を閉じると浮かんでくる。 地下のスタジオ、初めてのフェス、ビアガーデン、それからよく一緒に見上げた満月――。 特別じゃなかったはずの、あの季節。 当時、都内の私立大学の三年生だった「僕」は、同じ学科で親友の佐々に誘われてバンドサークルに所属していた。担当楽器は鍵盤。 新学期になり新入生に向けて勧誘活動をしていると、他の女子大生とは雰囲気を異にする小野田リンが、 ベースを弾いてみたいと興味を示しやってくる。 翌日の新入生歓迎会に遅れてやってきたリンと「僕」は色々な話をするうちに親しくなり、 リンの頼みでベースを買いにいくのに付き合ってから急速に距離を縮めていく。 ある日、リンに貸したとあるバンドのアルバムに収録されている楽曲の歌詞について語り合う。 互いの内面を深く知るきっかけとなったその楽曲は、 いつしか二人にとってかけがえのないものとなっていた。 自然と付き合うようになった二人は一緒にライブの練習をしたり、 音楽フェスに行ったり色々なイベントを過ごしたりと、普通のカップルのような幸せな思い出を作っていく。 ところがある時を境にリンの様子がおかしくなっていくのに気づく「僕」。 なかなか笑わなくなり、表情も乏しく見るからに痩せていき、 そのことについて「僕」が聞いてもはぐらかすばかりで答えようとしない。 二人の関係が終焉に向かっていることをどこかで意識しつつも、そうなることを恐れてなかなか踏み込めずもどかしい日々を送っていた。 そんなある日、リンの提案でビアガーデンに行くことに。 堰を切ったように脈絡のない話をし始めたリンと向き合いながら、 去年二人で同じ場所に来た時とは明らかに変わってしまったこの関係を「僕」は心の中で嘆いていた。 やがて、リンの一言で「僕」はついに決意し、身を切る思いでそのことをリンに告げる。 リンは涙を流したが、結局何も言うこともなく、二人はこの日、別れたのだった。 それからリンは「僕」の前に姿を現すこともなくなり、二人の時間が交わることもないまま、 幾年かの時が流れた。 社会人になった「僕」は当初予定していた大学院への進学をとりやめ、 編集プロダクションの編集員として働いていた。 忙しい日々に追われるなか、久々に新しい音楽を発掘したいと思い立ち、 佐々に新宿にあるおすすめのレコードショップを教えてもらう。 さっそく店へ向かいいくつかのCDを手に入れた「僕」は、そのまま帰る気になれず 近くに見つけたマルルというバーに入る。 その雰囲気が気に入り常連になるが、やがてひょんなことからそこでアルバイトを始めることに。 マルルの店主のミト、アルバイトのミナミ、客のカオリ達と関係を深めていくうちに、 かつて自分が付き合っていた少女の消息が、思いがけない形で目の前に突きつけられることになる。

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エピソード

完結 31 (126,977文字) 2019.12.04更新

作者情報

音楽・旅・酒・言葉をこよなく愛する作詞家/餃子バル経営。 日常のふとした瞬間に沸き立つ感覚や感情を、できるだけ丁寧に 汲み上げられたらなと思っています。 読んでくださった方の心に、たとえ小さくてもいびつでも、 響く何かがあると嬉しいです。 <作詞実績> ジェジュン/真空ホロウ/BESTIEM/松岡卓弥/下川みくに/Mari & Bux Bunnyシーズン2/First place/ISEKI(ex.キマグレン) 等