『1人の少年』

yuno_acedia

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2020.05.03

私たちはこの世界とは別の世界にあこがれた。



 木々が生い茂り、地面にコンクリートではなく若草が生え、自然があふれた広大な大地に心躍り


 現実には存在しないと言われる空想上の生物の数々を夢見た


 金銀財宝の眠る人類未踏のダンジョンに


 信頼できる仲間との共闘に胸を熱くする


 そう私たちは


 『冒険』に


 憧れた。



 そして、時が流れ空想は現実になる。


 人が憧れ、夢見た『冒険』が形となり人々は旅立つ。



 ■■■


「・・・はあ~、さて、どうなるかな~」


 生活感の薄い部屋、その片隅に置かれたデスクの前に腰かけ少年は溜息を吐いた。


 独り言をつぶやきながらも少年は眼前に展開された立体映像ホログラムのモニターを指先で操作している。

 少年が今開いているサイトは、あるゲームの公式サイトであった。


『parallel《パラレル》』


 それがそのゲームの名前だ。


 ジャンルはオーソドックスなMMORPGであり。

 プレイヤーはゲーム上に自分のアバターを作り、そのアバターを操作しゲームをプレイする。

 RPGではよく見る職業ジョブ位階クラスのような縛りはなく、それぞれが思い思いの自由な《スキル》を取ることができるというゲームシステム、故に格闘家でありながら魔法を使うなどといった謎ビルドも可能。自由度は非常に高いと言えるだろう。


 そんなゲーマーなら喜んで飛びつきそうなシステムのゲームだが、いまだに仮想モニターを眺めている少年は、納得がいかないかのように唸っていた。


 少年は悩ましてる理由は一つ、このゲームがVRということだ。


 もちろん今までだっていくつもVRのMMORPGは存在した。

 だがそれらはあくまで現実世界での動きがゲーム内に反映されているのであって、漫画やライトノベルなどでよくあるゲーム内に直接入っているわけではないのだ。


 そう、つまるところ今までの前例がない。

 故に不安であった。




 そして、その前例がないものが何の前情報もなく、突然に発表された。


 大手動画投稿サイトに、生放送でゲームの大まかなシステムだけが説明された。


 時間にしてたった一時間。

 突発的なことだったが、夢にまで見た本物のVRMMORPGに視聴者は平日の夜にも関わらず数十万にも達した。


 もちろんコメント欄は大荒れ。


 その後のアーカイブに残されたその動画の再生数は公開されてたった一か月で一千万を超えた。


 さて、そんな夢のようなゲームの発表だったが、おそらく視聴者全員が気になったことがあっただろう。


 ゲームの発売日である。


 値段ももちろん気になったが、このゲームが今回の動画で発表された通りの出来なら俺は、何十万払ってでも手に入れるだろうから特に値段は気にならなかった。


 そして、動画も終盤に差し掛かり、最後のお知らせのタイミング。


 その瞬間は訪れた。


「ゲームの発売日はですのでお楽しみに!あ、細かい説明は随時、発表していきますので」


 おそらくこのゲームを作ったプロデューサーからの発表だろう。


 俺はあまりの衝撃に呼吸すら忘れ茫然とした。


 満面の笑みでその女は事も何気に言い放ったのだ。

 この夢のような産物が一か月後に野に放たれると。


「・・・は?」


 俺が呼吸をすることを思い出し、第一声が出たのは動画が終了した後だった。時間にして一分。


 あの時俺はとんでもなく間抜けな声だったと思う。

 リビングのテーブルで向かいに座っていた妹がとんでもなく冷たい視線を向けてきたのを今でも覚えている。





 という訳でただ今の日時は


 六月二十九日 午後八時五十六分


 あの事件的な『parallel』の発表があった五月二十九日からちょうど一か月である。

 付け足すならサービス開始まであと四分。


 俺は左手を振りホログラムの仮想ウィンドウを閉じる。


 デスクに無造作に置かれたヘッドフォンのようなゲームハードを拾い上げ、デスクの横に置かれているベッドに横になる。


 俺はヘッドセットを頭に付け、左耳あたりを一度タップする。すると電子音とともに視界にタスクバーが現れる。


 俺は視界に映る時計を確認する。時刻は八時五十九分三十秒。


 俺は眼を閉じる。


 瞼の裏に浮かぶのは一か月前のゲーム発表から今日までの日々。

 このヘッドセット型のゲーム機を買うためにバイトしたことやゲームの事についてクラスの友人や部活仲間と語り合ったことを思い出す。



 残り十秒


 九


 八


 七


 六


 五


 四


 三


 二


 一


 零



 サービス開始のアナウンスがヘッドセットから告げられる。


接続コネクト


 俺は指で「開始」アイコンをタップすることをやめ、あえて音声認識でゲームを立ち上げた。アニメやラノベを見て一度やってみたかったのだ。


 視界が暗転し、体の肉体的感覚が遠ざかっていくのを感じた。凍えて指先から手の感覚が消えていくようなそんな感覚が全身に広がっていく。


 しかし、不思議と恐怖は無くむしろ何かに包まれるような優しさがあった。


 そして、徐々に意識が闇に沈んでいく、眠るように深く落ちていく。


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