『青髪少女』と『チュートリアル』

yuno_acedia

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2020.05.03


 気が付くと俺は椅子に座っていた。


 前方には白く丸いテーブルが置かれており、そのテーブルの上には二つのティーカップが置かれていた。


 

 一つはおそらく俺にだろう。

 俺が取りやすいようにこちら側のテーブルの端に置いてあるから。

 そして、もう一つは眼前のにだろう。


 そんなことを考えていると眼前の少女は、目の前の俺のことなどまるで気にしていない風に、優雅な手つきでカップを手に取り口に運ぶ。


 俺は何気なく自分の前に置かれたティーカップに目を移す。カップの中には琥珀色の液体が湯気を立て、入っていることが確認できる。

 ティーカップからほのかに茶葉の香りを感じた。


 どうやらカップの中身は紅茶らしい。



 そして、視線を自分のティーカップから向かいに座る少女に向けなおし、俺は言葉を失った。


 目を閉じ、ティーカップを傾けるその姿に俺は見惚れてしまったのだ。


 肩口をくすぐる程度の長さのサファイア色の髪、顔の造形は神の渾身の力作だと言われてもノータイムで納得するくらい端正で、どのパーツをとっても一級品であった。

 年は俺より一つか二つ年下ぐらで、少しあどけなさを残してるところがさらに好ポイントだった。


 俺の十六年という人生の中で見てきたかわいい女の子ランキング、ぶっちぎりの一位を出会って数秒でこの子はかっさらった。


「のまないの?」


 俺の視線に気づいたのか少女はティーカップから口を外し、こちらに視線を向ける。


 初めて彼女の視線と俺の視線がぶつかった。


 初めてみた彼女の眼は吸い込まれそうな程に澄んでいた。

 どこまでも続いていきそうな空色の瞳に俺の視線がからめとられる。


 俺は無意識のうちに、彼女の視線から逃げるように目をそらし、自分の前に置かれたティーカップに向ける。


「・・・いや、いただくよ」


 俺は彼女の所作に習い、ティーカップを持ち上げ口に運ぶ。


 (ああ、めちゃ美味いな)


 正直紅茶の良しあしはよく分からないが、多分これは相当なやつだということは分かる。

 あと俺の語彙力が産業廃棄物レベルだな。食レポとか絶対にできないやつだ。


 そんなことを考えながら、俺は取りえずここに来てから気になっていたことを眼前の少女に聞いた。


「・・・あのさ、ここってどこなの?」


「はざま」


「狭間?」


「そう」


 少女の声は感情や抑揚が一切なく、ただ単語を音として吐き出すだけの機械のような喋り方だった。


「えっと、・・・あのさ、俺確か『parallel』にログインしたはずなんだけど?」


 俺はそう言いながら周りを見回す。

 俺達の周囲には樹木や草花が植えられており、さらに植物の間を水、いや、小さい川が植物同士の間を縫うように流れている。

 しかし、今俺達が座っている椅子とテーブルが置いてある場所だけは白い大理石のようなタイルが円形に敷き詰められていた。


 俺はあらかた周囲を確認すると椅子にもたれかかるように空を見上げる、そこには彼女の眼と同じ色の空が広がっていた。


(まるで庭園だな)


 俺は心の中でぼやく。


 幻想的な庭園で、形容しがたい美しさの少女の前に座る俺。

 それだけ見ればおとぎ話に迷い込んだ主人公の気分だった。



「ここは、『ぱられる』のなか、だけどまだここは《いりぐち》。だからせいしきにはまだ『ぱられる』のなかじゃない」


「ん?――――ああ!そういうことか」


 俺は上空に投げていた視線を彼女に戻す。俺は彼女の言葉の意味を理解した。


 それはここがゲームの中だが、まだ、ゲームは始まっていないということ。


 つまりここはまだチュートリアル、というか初期設定を行うための場所だということ。

 故にゲーム内であり、ゲーム内ではないという事。


 しかし、そこで俺には一つ新たな疑問が浮かび上がる。


「―――ん?じゃあ、君は一体どこの誰?」


「がぶりえる。ここのかんりしゃ」


 ん?《ゲームマスター》って事か?

 こんな女の子が?

 いや、見た目はこの世界では関係ないか。

 まあ、とりあえずそれに近しいものだろう。

 うん、そういう事にしておこう。


 そうして俺は途中で考えることを辞めた。


 あんまり裏方に深くかかわるのはよくないだろうし。





「じゃあ、初期設定とかあるんだろ?」


「ん」


 彼女は短く返事を返す。


「それじゃあ、よろしく頼む」


「ん」


 彼女はティーカップをテーブルに置き、指を鳴らす。


「おわっ!」


 瞬間、テーブルの中心から何かがせりあがってきた。

 それは半透明の人形?のようなものだった。

 いや、マネキンと言う方がしっくりくるか。


 俺は机の中心に出現した一メートルほどの半透明マネキンを眺めていると、

 マネキン越しにガブリエルが話しかけてきた。


「どうするの?」


「えっ?・・・どう、とは?」


「すがた」


「あ、ああ。《アバター》ね」


 どうもこの子は、言葉が足りなくなることが多々あるらしい。さっきのこの場所の説明含めて、俺は早くもこの無表情系青髪少女を、理解し始めていることに心の中で苦笑した。


 まあ、昔似たような人と接していたことがあったからその経験が役立ったのだろう。



「そうだな、じゃあ、俺の姿そのまま作れる?」


「かのう」


「じゃあ、それで一回作ってもらえる?――流石にリアルの姿は嫌だから少しいじるけど」


「ん」


 彼女の視線が俺の顔をとらえ徐々に下がっていく、そして彼女が再び指を鳴らす。


 瞬間、俺は変化に気付く。

 テーブルの上にあるマネキンが俺の姿になっていたのだ。


「おお!凄いな、ほんとに俺そっくりだ」


 俺は自分のアバターを一通り眺めまわす。

 顔の造形までそっくりそのままトレースされていた。


 俺が自分そっくりのマネキンに関心していると


 ピコン


 電子音とともに目の前に薄い半透明の板が展開された。

 そこには俺の姿が平面体で映し出されていた。


「これでいじれって事か?」


「ん」


 ガブリエルは紅茶を飲みながら首肯した。


 俺は再び苦笑しながら視線を半透明の板、仮想ウィンドウに視線を戻す。


(あんまりいじるのもめんどくさいし、髪色と目だけでいいか)


 俺はウィンドウを操作し手早く変更ポイントをいじった。



 ~五分後~


「よし、できたぞ」


「ん、あんまりかわってない?」


 ガブリエルの思わぬ指摘に俺は少し驚きつつも言葉を返す。


「まあ、いじりすぎても違和感があるだろうからな」


 今もテーブルに浮かぶ、俺のアバターでさっきまでと違っている点は髪の色と、眼。

 髪は日本人に多い黒髪から、アッシュグレーに。それと合わせて瞳も同じ色に変え、目じりを少し下げ、優しげな雰囲気に変えている。


 変更点はできるだけ少なくした。あんまり変えすぎて現実の自分との顔面偏差値のギャップで傷つきそうだし、という本音は胸にしまう。


 ああ、神はどうして人間を平等に作り上げなかったのか。




「あ、そう」


 ガブリエルは俺の内心の葛藤に気付く素振りすらなく、そっけない返事を返してくる。



「で、次は何をするんだ?」


 俺は気持ちを切り替えるように、ガブリエルに問う。


「ぶき」


「えっと、初期装備の事か?」


「ん」


 相変わらずいろいろ足りない言葉遣いだった。

 おそらくそういうキャラなのかもしれないが、これで他のプレイヤーのチュートリアルが成り立つのか、甚だ疑問である。




 しかし、初期装備か。

 ログインする前から考えていたが結局最後まで決めることはできなかったんだよな。


 使い勝手の良さなら片手剣とかが一番だと思うが、せっかくの初フルダイブVRゲームだし、派手な魔法をぶちかます魔法使いとかも良いし、短剣AGI特化の暗殺者とかもすてがたい。


 そうして俺が腕を組み考え込んでいると、


「まだ、きまってないの?」


 珍しくガブリエルから声をかけてきた。


「あ、ゴメン。もしかして制限時間とかあったか?」


「べつにない、でもきまってないならおすすめがある」


「おすすめ?」


「そう」


 俺は首を傾げた。


 まさかゲーム管理者側の人から装備を進められるとは思ってもいなかったからだ。

 どういう意図があって俺にそれを持ち掛けてきたのか真意は読み取れない。

 だが、それはそれでおもしろいのでは?と思う自分がいるのもまた事実だった。


 安全策を取って自分で無難な物を選ぶか、面白そうというだけでこの少女のおすすめに乗っかるか。


 どちらが楽しそうなのかは明白だ。


 これはゲームだ。


 楽しまなければゲームじゃない。


 なら、少しでも面白おかしく行こう。



 そして、俺の中で答えは出た。


 俺の口端がわずかに吊り上がる。

 陽炎のようにゆらりと口が笑みの形をかたどる。




「じゃあ、そのおすすめで」


「わかった」


 友人には不気味と言われる俺の微笑みを見ても、眼前の少女は、その鉄仮面のような無表情を崩しはしなかった。




 ただ少しだけ、気のせいかもしれないが



 ほんの一瞬だけ彼女がうれしそうな微笑みを浮かべたように見えたのは俺の勘違いだろうか。






 ■■■


 さて、無表情系棒読み美少女ことガブリエルさんのおすすめ武器、とういう事で一体どんなものが出てくるのかとワクワクしていた時期もあったワタクシめですが。


 実際に出てきた武器を見て最初に思ったことを正直にお話ししますと、


 うん、

 そうきたか

 って感じですね。





 俺は予想とは違った武器を前にして腕を組み、武器とガブリエルの顔を交互に見返した。


 ガブリエルは相変わらず何考えているか分からない無表情だったが、少し得意げ?な気がした。



 故に、言いずれー。



 別にが嫌ってわけではないんですよ。

 ただ俺はもっとぶっ飛んだものが出てくると思ったわけですよ。

 例えば―――――モーニングスターとかフランベルジュとかクレイモアとか?


 なんか、その、中二心をくすぐる武器を期待してたわけですよ。

 まあ、これもかなり中二心をくすぐるけど。


 あと一様言っときますが、俺は中二病ではありません。

 何故なら男は、全員心の中に闇の力を抱え込んでいるからです。

 男なら当然の事です。義務教育です。






 さて、話が脱線しましたが、俺の眼の前のテーブルに置かれている武器。

 いや、正式には突き刺さっている武器。






 それは平安時代末期に出現してそれ以降主流となった反りがあり刀身の片側に刃がある剣。



 そう、『刀』だ




 まさか、かの大天使様のおすすめ武器ががっつり大和魂満載の『刀』とは。

 これには天上のやんごとなき身分の方々もびっくりだ。





 まあ、おふざけはここまでにして。


「ガブリエルさん、何で刀がおすすめなんですか?」


 俺は満面の笑みで問うた。


「がぶ、でいい」


「ん?」


 だが、返ってきた答えは、どの予想とも違うものだった。


「がぶりえる、ながいから、がぶ」


「あ、そういうこと」


 どうも俺は彼女をガブリエルではなくガブという愛称で呼んでいいらしい。

 確かにいちいち彼女の名前を呼ぶのは大変だったため非常に助かる申し出だった。


「じゃあ、ガブ。何で刀?」


「さむらいすき」


「うん、シンプルイズベストな答えをありがとう」


 どうもこの天使様は大和魂をお持ちのようだ。






 ■■■


「せつめい、おわり」


「うん、オーケー理解した」


 十五分程で残りの説明を受け俺はチュートリアル―――というか『parallel』をする上での事前説明を受けた。


 大体は普通のMMORPGと同じだったが、一部フルダイブならではの話があり、実に興味深かった。


 だが、いつまでも話を聞いていては、他の初ログインのプレイヤーの皆さんの邪魔になってしまう可能性があるので、適当なタイミングで切り上げてもらった。


「さいごに、なまえ」


「プレイヤーネームか?」


「いえす」


 結局最後まで言葉足らずなガブであったが、この短い時間で少し表情が柔らかくなり、そこそこ親しくなった気がする。まあ、おそらく俺の勝手な勘違いな気がするが。


「それじゃあ、《TAKU》で」


「たく?」


「うん、あってるよ」


 俺はゲームをする場合は大体この名前だ。

 ニックネームというのを考えるのがあまり得意ではないので、本名の一部を利用して、このタクという名前を使いまわしている。

 俺の知り合いには、ゲームごとにニックネームを変えている奴がいるが、一体どれだけのレパートリーをお持ちの事やら。


「とうろくかんりょう」


 そうこうしてるとガブが仮想ウィンドウを操作し俺の名前を登録してくれたらしい。


 これでチュートリアルは終わり、ということになるのか?


「さいごになにかききたいこととかある?」


 おそらくこれがゲーム前の最後の質問チャンスだろう。何か聞き忘れたことが無いかしっかりと脳内を確認する。


「とくには無いよ」


 多分。


「では、たく」


 相も変わらずマイペースな彼女は、俺の名前を一度呼ぶ。

 さっきの登録の時も一度呼ばれたが、こうやって自然な会話の中で呼ばれると少し気恥しく感じる。


 そして彼女は一度言葉を切ると、


「いってらっしゃい、よいたびを」


 満面の笑みを浮かべ俺を送り出す。


「ッっツ!」


 多分俺は何か言おうとしたのだろう。

 だが言葉は出なかった。

 息を吐く音だけがその場に響く。


 誰かが言っていたが、人間本当に美しいものを見ると言葉が出なくなるらしい。

 ただ、ひたすらに黙し、目が離せなくなる。

 真に美しいものの周りは騒がしいのではなく、静かであると。美しいものは無意識に人を惹きつけ取込み、からめとる。


 先ほどまでの冷徹な無表情の仮面が剥がれ落ち、今の彼女の顔には春の陽光のような暖かな笑みが浮かんでいた。


 俺は咄嗟に右頬をそこそこ強く殴る。

 痛みを感じないことに、俺はここが現実世界でない事を再び確認する。



「なにしてるの?」


 心配というより疑問の言葉に


「ああ、気にすんな。それよりさっさと送ってくれ」


 俺はできる限り平常を装う。


「じゃあ、いってらっしゃい」


 今度はあの爆弾笑顔を投げつけられることはなかったが


「ん」


 何故か少し悔しく思いながらとばされる俺氏であった。


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