完結

神様とゆで卵

丸家れい 6話

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丸家れい

丸家れい

2020.05.29

「おーい! うちを助けてくれたヒト! お礼がしたいけん出てきてくれんかなー!」

 

 本土と四国を結ぶ瀬戸大橋が見える砂浜で瑛真えまは、卵が6個入ったプラスチックのパックと地酒をカゴバッグから取り出して掲げた。

 砂浜には誰もいない。

 夏の夜は、ちらほらとカップルがデートをしに砂浜へやってくるのだが今晩はいなかった。

 その方が都合がよかった。他の誰かがいたら自分を助けてくれたヒトーー人間ではないヒトは出てきてくれないかもしれないから。

 

 昨日、瑛真は友人とこの海で泳いでいたときに足が吊って溺れそうになっていた。そのとき、海の底から何者かが身体を支えて助けてくれたのだ。

 

 砂浜に打ち寄せる波が穏やかに時を刻む。

 遥か昔から変わらない波の音。

 

 命の恩人は出てきてはくれないようだ。瑛真は、砂浜に卵の入ったパックと酒瓶を砂浜に置いて帰ろうとした。

 

 そのとき、柔らかい海風が舞った。

 

 瑛真の緩く結った三つ編みが揺れる。

 すると海面に映る満月が揺らめいてひとつの影が現れた。


「何故、我の好物がわかったのだ。小娘」

 

 人間の耳があるところに尖ったエラのようなものを生やしているその男の声は胡乱気だった。しかし、嬉々とした感情が語調に潜んでいる。


 男の深緑色の長い髪の毛が、美術館で飾られている石像かのように美しく彫刻された肉体を流れていた。筋肉の曲線に沿うように海水が滑り落ち、月明かりに照らされて透き通っているように見えた。


 神秘的な雰囲気を纏う男を一目見て、人間ではないことは明らかだった。

 瑛真はわくわくする。

 瑛真の心が異世界と手を結んだ。


「うちを助けてくれたヒトは人間ちゃうと思ってな。海の神様が好きなもん持ってきたら間違いないと思ったんよ」


 自信に満ちた笑みを浮かべた瑛真は砂浜に置いていた卵のパックと酒瓶を持ち上げて両手を伸ばして見せつける。


 満月の明るい月影が、男の身体を囲むように波に揺れていた。


 男はじっと卵と酒瓶を見つめているだけで何も言わない。陸に上がれないのなら、不思議な力でも使って取ればいいのに、と男の行動をしばらく観察していた瑛真はあることを思い出した。

 途端に瑛真の身体の芯がざわめき立つ。

 瑛真は、ぺこりと頭を下げた。


「どうぞ、お召し上がりください」


 鶴の一声だった。

 男がさっそく不思議な力を使ったのか、瑛真の手から卵のパックと酒瓶が離れて男の元へ飛んで行ってしまった。

 瑛真は男の不思議な力を見届けて言う。


「あなた、竜神様だったりする?」


 神様の類いは、『召し上がれ』と言われなければお供え物を食べられないのだと聞いたことがあった。

 竜神と思しき男は瑛真の持ってきた卵のパックを手に取り、豪快に開けた。


「いかにも」


 そう短く言って、竜神は卵を殻ごと口の中に放り込んだ。じゃりじゃりと卵の殻が砕ける音が口の中に広がることを想像して瑛真は顔を歪めた。

 次いで、竜神も卵を噛んだ瞬間に思いっきり顔を歪めた。


「なんだこれは!?」


 ペッと卵を海に吐き出した竜神は瑛真を睨み付ける。

 瑛真は呆れて言った。


「いやいやいやいや、卵を殻ごと食べるひとやおらんやろ」


「我は食べるのだ! しかも! この卵は生臭くなく、どろっともしておらぬではないか! 口の中がぱさぱさじゃ!」


 瑛真は竜神の手に残っている卵を指差した。


「当たり前や。ひとパック丸ごとゆで卵やで」


「ゆ、ゆで!? 何故!? 何故ゆでたのだ!」


 頬を引き吊らせる竜神に瑛真は、ニッと白い歯を見せた。


「夏やけん、腐ったらいかん思って。ええ考えやろ」


 竜神は不快に眉を潜めた。


「いらぬ気遣いじゃ。このようなまずい物などいらぬわ」


 そう言うや否や竜神はパックごと卵を手から離して海に沈めた。

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