完結

負けるための甲子園

谷山走太 65話

序章 ゲームセット

第一章 バックホーム

第二章 秋のスライダー

第三章 冬のチェンジアップ

第三・五章 春のマウンド

第四章 夏のプレイボール

第五章 真夏の甲子園

終章

序章 ゲームセット

ゲームセット

谷山走太

谷山走太

2019.08.05

 満員の甲子園球場。全国高等学校野球選手権大会、その決勝という大舞台。

 ピッチャーの筧啓人は、マウンドで帽子をとって汗をぬぐった。


 肌に張り付くアンダーシャツが鬱陶しい。とめどなく流れ出る汗が目に入らないよう帽子を取って汗を拭う。照りつける日差しに肌は焦げつき、帽子の中で蒸された脳はドロドロに溶けるようだった。


 試合は白熱の投手戦だった。どちらのエースも気迫のこもったピッチングを続け、スコアボードには0がズラリと並んでいる。プロ注目の豪腕といわれる相手ピッチャーは三振の山を築いていたが、対する啓人も毎回ランナーを許しながらも気迫のピッチングと味方の好守備のおかげでなんとか無失点で切り抜けてきた。


 試合が動いたのはついさきほど。ボテボテの内野安打で出塁した啓人は、次の送りバントで果敢にも三塁を狙い、その明らかな暴走ランが相手チームのエラーを誘って一点をとることに成功していた。


 そして1点リードで迎えた九回裏。

 2アウト、ランナー2塁。一打同点、ホームランなら逆転という場面だった。


 マウンドで汗を拭った啓人が18・44m先のバッターボックスに目をやると、大柄の男がこちらを睨んでいた。色黒の太い二の腕は隆起し、いかにも一発持っていそうだ。


 そうこなくては……。

 乾いた唇を啓人は舌で湿らせた。


 啓人はわかっている。今この瞬間、必要なのは唸るような160キロのストレートではなく、針の穴を通すほど繊細な1ミリのコントロールだということを。


 プレートに足をかけ、ゆっくりと投球モーションに入り、腕を振るう。指先に全神経を集中させ、ボールが離れた瞬間に啓人は確信した。これ以上の球はない。


 そうして放たれたボールは、甲高い金属音とともに跳ね返された。


 ボールは高く、高く、舞い上がる。

 振り返ると、青いキャンバスにぽつんと白い点が浮かんでいた。

 やがて白い点はバックスクリーンの影へと消えていく。


 津波のように沸きあがる歓声と、悲鳴。

 逆転のホームランを打たれた啓人はマウンド上で立ち尽くしていた。


 これで、これでようやく……。


 こうして筧啓人は、一千万円という大金を手に入れた。


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